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ケアの心をすり合わせる― 映画『急に具合が悪くなる』に学ぶ、現場の対立と和解

※本稿は映画の結末に触れています。

二人の「マリ」の物語
濱口竜介監督の最新作『急に具合が悪くなる』(2026年公開)は、哲学者・宮野真生子さんと人類学者・磯野真穂さんの往復書簡を原作とした作品です。

舞台はパリ郊外の介護施設「自由の庭」。施設長のマリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)は、認知症ケアの手法「ユマニチュード」を取り入れ、入居者を一人の人間として尊重するケアを目指しています。しかし現場は人手不足で、スタッフの理解も十分ではありません。そんな中で彼女が出会うのが、末期がんを抱えながら舞台演出を続ける日本人・森崎真理(岡本多緒)です。同じ響きの名前を持つ二人は、言葉を重ねるなかで深く心を通わせていきます。

この二人の交流が物語の主軸です。ただ、ケアの現場に関わる者として私が心を動かされたのは、もう一つの軸でした。マリー=ルーとベテラン看護師ソフィの対立と和解です。

改革を急ぐ施設長、リスクを恐れるベテラン
マリー=ルーは、全スタッフへのユマニチュード研修や入居者の自立歩行、地域とつながるカフェの開設など、新しい取り組みを次々に進めようとします。これに強く反対するのがソフィです。転倒などの事故が起きたら誰が責任を取るのか。彼女はリスクを理由に、改革のたびに異を唱えます。

この施設では、介護スタッフは制服を着ずに私服で入居者に接しています。一方、看護師たちは白衣のままです。服装の違いが、マリー=ルーとソフィ、そして職種の間にある考え方の隔たりを映し出しているようでした。

二人はことあるごとにぶつかります。感情的な言葉の応酬の末、ソフィが辞職を口にする場面もあります。

歩みを緩めることで変わった関係
転機は、真理との出会いを通じて訪れます。真理との対話を重ねるうちに、マリー=ルーは自分が理念を急ぎすぎていたことに気づき、改革の歩みを緩めていきます。施設の中で「いちばん遅い人に合わせて」と語る彼女の姿は、印象的な変化でした。

やがて施設では、入居者やスタッフの前でスタッフ一人ひとりが自分について語る、インタビューの取り組みが始まります。ソフィの回では、マリー=ルー自らが聞き手を務めました。

身構えるソフィに対して、マリー=ルーは問い詰めることはせず、敬意をもって耳を傾けます。ソフィは少しずつ語り始めました。この施設がかつて精神科病院だったころから勤めていたこと。人手の足りない現場で役に立ちたかったのに、そこでのケアはあまりに劣悪で、無力感を味わったこと。そして介護施設に変わった今、入居者を最期まで看られることを幸せに感じていること。

彼女がリスクに敏感だったのは、新しいことが嫌いだったからではありません。ようやく手にした「よいケア」を、何としても守りたかったのです。その思いが語られたとき、会場は拍手に包まれました。

物語の終盤、入居者たちが働くカフェには、白衣を脱いだソフィの姿があります。

この物語から学べること
マリー=ルーもソフィも、入居者のことを真剣に考えていました。ケアの心は、現場のスタッフなら誰もが持っています。違っていたのは、その力点です。一人は「よりよいケアへ進むこと」に、もう一人は「今あるケアを守ること」に重きを置いていました。

医療や介護の現場で起きる対立の多くは、ケアの心があるかないかではなく、この力点の違いから生まれます。根っこにある思いは同じなのに、違いばかりが目に入り、互いを「わかっていない人」と見てしまうのです。

大切なのは、共通するケアの心と、その中にある違いの両方を理解し、尊重することです。そのためには、それぞれが自分の経験や思いを語り、聴き合うきっかけと機会を意識してつくる必要があります。映画のインタビューの場は、その好例でした。

改革を進める立場にある管理者ほど、反対する人の声の奥にある「守りたいもの」に耳を傾ける。そこから、ケアの心のすり合わせが始まるのだと思います。

とはいえ、日々の業務に追われる現場で、互いの思いを語り合う時間をつくるのは簡単ではありません。サステナ番頭では、医療・介護・福祉の現場で、職種や立場を越えて思いを共有する研修や対話の場づくりをお手伝いしています。「改革を進めたいが、現場がついてこない」「ベテランと若手、管理者とスタッフの間に溝がある」。そんなときは、どうぞお気軽にご相談ください。
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